『シヴィライゼーション VI 文明の興亡』: インドを導くチャンドラグプタ

大戦略家、尊敬される外交官、善き弟子――インドのチャンドラグプタ(マウリヤ朝)はこの全てを兼ね備え、民の間で伝説となった人物です。彼は腐敗した帝国を転覆させ、王国の領土を広げて民の生活を改善しました。そして、最後には自らその玉座を捨て去ったのです。

紀元前3世紀に生まれたチャンドラグプタの青年期は謎に満ちています。高貴な武家とのつながりに関する記述がある一方で、彼が平民の生まれで、若くして孤児になったとする別の記録も存在するなど、明らかな矛盾があるのです。しかしそんな謎めいた過去とは関係なく、チャンドラグプタは頭脳明晰にして人望溢れる傑物として評判になり、それを耳にした賢人チャーナキヤは彼を弟子に迎えました。この、伝説の政治家にして哲学者であるチャーナキヤに弟子入りしたおかげで、チャンドラグプタは短期間のうちに政治、芸術、軍事について多くを学びました。

優れた戦略家だったチャーナキヤは、ナンダ朝に挑む力を弟子につけさせるという壮大な計画を立てました。当時、多くの者がナンダ朝は腐敗していると考えていたからです。弟子であったチャンドラグプタは師の期待を裏切らぎることなく、すぐに軍を率いて立ち上がりました。そして紀元前322年までにナンダ朝を打倒し、自らマガダ国王を名乗ってマウリヤ朝を創始したのです。

チャンドラグプタは、次にマケドニアの後継国家の土地に目をつけました。アレキサンドロス大王はチャンドラグプタが王位につく前に没していましたが、インダス渓谷を征服した問題に決着をつけたかったのです。チャンドラグプタは王国の拡大をつづけ、新たに建国されたセレウコス朝と領土を接するまでに至りました。セレウコス朝とマウリヤ朝の戦争は紀元前305年から紀元前303年まで続きましたが、セレウコス朝が、マケドニアがインドに持っていたサトラピーをマウリヤ朝に譲る形で決着をつけたのです。また、セレウコス1世が西と南のディアドコイ国家 (アレキサンドロス大王の後継者たちが築いた国々) を気にしている事情も知っていたため、遺恨が残らないようチャンドラグプタは彼に500頭の戦象を贈りました。

チャンドラグプタの帝国は、現代のアフガニスタンから南インドまでと大きく広がりました。しかし、征服だけがチャンドラグプタのすぐれた点ではありませんでした。その治世においても、チャンドラグプタは民のことを深く考える有能な統治者でした。彼は街道を整備し、灌漑設備を築き、交易路を伸ばして人々の暮らしを向上させました。また、兵士に衣服を与え、召使をあてがって忠誠心を高めるなど、人心掌握にも長けていたのです。

チャンドラグプタは人生の晩年にバドラバーフに会い、この賢人からジャイナ教の教えを受けました。ジャイナ教は、苦行と禁欲的な生活によって霊的な悟りと非暴力を促す宗教です。この新たな規範に従い、チャンドラグプタは息子のビンドゥサーラに王位を譲りました。その後、悟りを求めて巡礼の旅に出発し、南インドの洞窟で死ぬまで瞑想し続ける人生だったといいいます。王位、王国、富、食物、そのすべてを投げ出すことで、彼は霊的な純粋さという究極の目的を達成したのです。

チャンドラグプタが世を去っても王朝は終焉を迎えませんでした。マウリヤ朝はさらに1世紀存続したのです。彼の行動に感化されたチャンドラグプタの後継者たち、とりわけ孫のアショーカは、帝国の拡大と精神的な悟りを両立させようとしたのでした。

指導者固有能力: 実利論

「政治の科学」と訳されることもあるこの古代サンスクリットの書は、実際にはより広い範囲を対象にしています。実利論はインド流の政治術であると同時に、経済政策や軍事戦略も含んでいるのです。チャンドラグプタの師匠であるチャーナキヤが記したもので、マウリヤ朝の規範となりました。この教えは、あなたが領土拡張戦争を宣言したときに活かされます。戦闘の開始時、移動力と戦闘力にボーナスを得られるのです。

2018年2月8日(月)にリリースされる拡張パック『シドマイヤーズ シヴィライゼーションVI 文明の興亡』では、チャンドラグプタを含む9人の新指導者が登場します。

 

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